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東京地方裁判所 昭和55年(行ウ)77号 判決 1982年9月16日

原告

森広充

被告

川原幸男

右訴訟代理人

木下健治

事実《省略》

理由

一請求原因1及び4の事実については、当事者間に争いがない。また、区の公金から本件電話料金一四万五一三九円が支出されたこと及びその支出内訳が別紙一記載のとおりであることについても当事者間に争いがないところ、原告は、本件電話料金の支出は地方自治法二〇四条の二の規定に違反する違法支出であり、被告は同支出につき区に損害賠償責任を負うと主張する。

二本件電話料金(一)について

1  本件電話料金のうち昭和五三会計年度の一万〇五〇〇円(本件電話料金(一))は、助役宅の私設電話に係る昭和五四年二月及び三月の基本料及び度数料の全額であり、助役からこれを電々公社に支払うよう請求があり、区が役務費として電々公社に直接支払つたことについては、当事者間に争いがない。

2  そして、<証拠>によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

区においては、従来から、区長及び助役宅の各私設電話に係る料金について、区長及び助役からの請求があれば、区が全額負担することにし、区から電々公社に直接支払うという取扱いが慣行的に行われていた。そこで、助役は、電々公社の昭和五四年二月及び三月分の電話料金請求書を区に提出し、当該料金を区から電々公社に支払うよう請求した。

ところで、区の専決規程は、区長の権限に属する事務執行の内部的責任の範囲を明らかにするための事案の専決及び代決について必要な事項を定めており、二条で「事案の専決とは、助役、部長又は課長の職にある職員が、区長の権限に属する事務のうち、この規程に定められた範囲の事項について、区長に代わつて決裁を行うことをいう。」と規定し、四条及び別表第一の六の8で「一件予定価格五十万円未満の物件の買入れ(付合契約に係るものは全部)に関すること」については課長の専決事項と規定し、更に、一二条で専決事案であつても法令の解釈上疑義若しくは有力な異説のあるもの等については上司の決裁を受けるものとする旨規定している。そして、電話料金の支出は総務部経理課の所管に属するため、経理課長は本件電話料金(一)について区長に代わり支出の決裁を行うことができる。そこで、経理課長は、本件電話料金(一)を役務費として電々公社に支出することを決定し、支出命令を発した。

3  区は区の事務を処理するために必要な経費を支弁すべきであり(地方自治法二八三条、二三二条、地方財政法九条)、助役がその職務を遂行するために私宅の私設電話を使用した場合の電話料金も区の事務を処理するために必要な経費に該当することが明らかであるから、これを区の公金から支出することは適法である。しかし、区の事務を処理するために必要な電話料金以外の電話料金を区において支出することは、助役に当該料金支払債務を免れさせ、当該料金相当額の利益を与えるものであるから、地方自治法二〇四条の二の「その他の給付」の支給に該当するものであり、そのような支給を認める法律又は法律に基づく条例は存しないから、右支出は同条の規定に違反するものというべきである。

そこで、本件電話料金(一)一万〇五〇〇円が区の事務を処理するために必要な電話料金に該当するか否かを検討するに、一万〇五〇〇円のうち三六〇〇円は基本料であり(基本料が一か月一八〇〇円であることは当事者間に争いがない。)、六九〇〇円は度数料である。

基本料は、電話使用料であり、電話を備え付けておくための料金である。私宅は、家族との私生活の場であり、そこに私設電話を備え付けることは、主に私生活上の必要に基づくものというべきである。そして、基本料は定額制であり、電話を備え付ける者は、誰れしも一加入電話ごとに一定額の料金(本件の場合一か月一八〇〇円)を支払わなければならないのである。したがつて、私設電話の基本料は、その全体が私生活に必要な経費というべきであるから、これを区の公金から支払うことは、地方自治法二〇四条の二の規定に違反するものというべきである。もとより、区の職員、特に助役等の幹部職員は、区役所の執務時間外にあつても職務から完全に解放されるものではなく、私宅で私設電話を使用して職務上の連絡を行うことがあるのは明らかであり、職務上の必要性からみても今日私宅に電話を置かないですませることは困難であると考えられる。したがつて、私設電話は、職務遂行にも役立ち必要なものといえる。しかし、区の公金から支出できる経費は、専ら区の事務を処理するために必要な経費であることを要すると解すべきであり、私生活のため必要な経費を、たとえそれが職務遂行のため役立つものであつても、公金をもつて支出することは許されないと解すべきである。ちなみに、区においても、特別職以外の幹部職員宅の私設電話の基本料の支払は行つておらず、また、一般に、公務員の被服、名刺、印鑑等(制服など専ら職務のため必要なものを除く。)の費用が公金から支出されていないのは、この解釈によるものと考えられる。私宅に備え付けられた私設電話は、職務遂行のため役立つことを否定できないにしても、その性質上、主に私生活のためのものであつて、その基本料をもつて専ら区の事務を処理するために必要な経費ということはできないから、区の公金をもつて支出することは許されないというべきである。なお、助役が私宅から職務上の通話を行う頻度が高い場合、区が区名義の公務用の電話を助役宅に架設することが考えられ、また、助役宅に既に私設電話があれば経費節約のため当該電話を公務用の電話として借り上げ公人としての助役に使用させるということも可能と考えられる。したがつて、区が助役宅の私設電話に係る料金を支払うのは、区と助役との間で右のような借上げ契約が黙示的に成立しているからであり、料金の支払は実質的に借上げ料の支払ではないかということも一応考えられるところである。しかし、助役宅の私設電話は専ら職務のため使用されるものではなく、私生活のためにも使用されるものであり、その性質からして私生活のための使用頻度の方がむしろ高いと考える方が自然であるから、かかる電話につき借上げ契約が成立していると認めることは困難である。そして、仮に借上げ契約が成立していたとしても、私宅で私生活のためにも使用されている電話につき借上げ契約を締結し、借上げ料を支払うこと自体、地方自治法二〇四条の二の「その他の給付」の支給に該当するというべきである。

次に、度数料は、ダイヤル通話料であり、各通話ごとに課せられるものであるところ、職務上の通話に係る分は区の事務を処理するため必要な経費として区の公金から支出するのは適法というべきであるが、私用上の通話に係る分を区の公金から支出することは違法である。しかるところ、証人中村宏、同川口正司及び被告本人は、助役等特別職の地位に在る者は退庁後においても議員や特別職相互間、あるいは幹部職員としばしば電話によつて連絡調整等の職務を遂行しており、特別職宅の私設電話の度数料はそのほとんどが職務上の通話に係るものである旨供述する。しかし、特別職の場合も、その職務は区役所の執務時間内に区役所で処理するのが原則であり、常識的に判断しても私宅から職務上の通話を行うことは例外であり、私宅からの通話は一般的には私用上のものと考えられる上、私宅の私設電話は家族も使用するものである。また、後述のとおり、被告は区長として要綱を定め、昭和五五会計年度から助役、収入役及び教育長宅の私設電話に係る料金については、基本料の全額及び度数料の半額を区で負担することを定めている。これらの事実に原告本人尋問の結果を併せ考えれば、助役、収入役及び教育長宅の私設電話の度数料のうち、職務上の通話に係る分はせいぜいが半額であり、少なくとも半額は私用上の通話に係るものと認めるのが相当である。したがつて、前記度数料六九〇〇円のうちその半額の三四五〇円は、地方自治法二〇四条の二の規定に違反する違法支出というべきである。なお、原告は、右度数料の全額が違法支出であると主張するが、全額が私用上の通話に係るものと認定することは困難であり、違法支出と積極的に認定できるのは半額に限られるというべきである。

したがつて、本件電話料金(一)のうち基本料三六〇〇円及び度数料の半額三四五〇円の合計七〇五〇円は違法支出であり、区は同額の損害を受けたというべきである。

4  被告は、助役宅の私設電話に係る料金について、これを区が負担する旨の慣行が存し、区と助役との間で区が電々公社に支払う旨の契約が成立したとか、事務管理者の負担債務に該当するとか主張するが、職務上の通話に係る分を除く分は個人で支払うべきもので、事務管理者の負担債務に該当するいわれはなく、また、これを公金から支出することは地方自治法二〇四条の二の給付に該当するもので、法律又は法律に基づく条例に基づくことを要するから、慣行の存在や契約の成立により右支出が合法化されるものではない。

5  次に、被告は、本件電話料金(一)の支出は、経理課長が専決規程に基づく専決権限により被告に代つて決裁したものであるから、被告には損害賠償責任はないと主張する。

区長は、本件電話料の支出について、支出負担行為及び支出の命令をする権限を有する(地方自治法一四九条二号、二三二条の四第一項、二八三条第一項)。専決規程は、前記のとおり、区長の内部的訓令にすぎず、同規程の専決とは、助役、部長又は課長の職に在る職員が区長の権限に属する事務について区長に代つて決裁を行うことをいうのであり(二条)、専決事案であつても法令の解釈上疑義若しくは有力な異説のあるもの等については、上司の決裁を受けるものとされている(一二条)。したがつて、専決規程による専決とは、区長の補助職員が区長の手足となつて行う補助執行行為であることが明らかであり、専決規程により区長の前記権限が経理課長に移動するものではない。この点、公示を要する法形式により、行政庁の権限に外部的変更を加えるところのいわゆる外部委任とは性質を異にしている。そうだとすれば、経理課長が区長に代わり違法な決裁を行おうとするときは、区長は、支出負担行為及び支出命令の権限者としてこれを阻止すべきであり、故意又は重大な過失によりこれを阻止しなかつた場合には、地方自治法二四三条の二第一項後段の支出負担行為及び支出命令をする権限を有する職員として、区に対し損害賠償責任を負うものというべきである(仮に、同条項の責任を負わなくとも、区長は、地方自治法一三八条の二の規定により、区の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し執行する義務を負い、同法一五四条の規定により、補助機関たる職員を指揮監督すべきであるから、電話料金支出事務の管理や経理課長の指揮監督に過失があれば、民法上の不法行為責任を負う。)。

<証拠>によると、被告は、区長及び助役宅の私設電話に係る料金を区が全額支払うという取扱いが慣行的に行われていることを知悉し、昭和五三会計年度の途中までは、自己の私宅の私設電話に係る料金につき全額を区の公金から支払うことを請求していたが、昭和五三年八月一七日右のような電話料金の支出は不当であるとの住民監査請求が出され、右請求をしなくなつたこと、しかし、被告は、助役からの請求がその後も続き、助役宅の私設電話に係る料金は従来どおり区の公金から支出されていることを知りながら、これを阻止しなかつたことが認められる。そうであるとすれば、被告は、本件電話料金(一)のうち少なくとも基本料全額及び度数料の半額が違法支出であることを認識し又は認識すべきであつたにもかかわらず、故意又は重大な過失によりその支出を阻止しなかつたものというべきであるから、地方自治法二四三条の二第一項の規定に基づき右支出による区の損害を賠償すべきものというべきである(仮に、同条項の責任がなくとも、以上の事実関係からすれば、民法上の不法行為責任を免れるものではない。)。

よつて、被告の右主張は採用できない。

三本件電話料金(二)について

1  本件電話料金のうち昭和五四会計年度の区長分四万七三一〇円(本件電話料金(二))は、区が区長宅に架設した公務専用電話に係る料金であり、区が役務費として電々公社に直接支払つたものであることについては、当事者間に争いがない。

2  そして、<証拠>によると、被告は、右公設電話を職務上の通話にのみ使用し、私用上の通話には私設電話を使用していたものと認められる。

3  したがつて、本件電話料金(二)は、全額が区の事務を処理するために必要な経費であるから、これを区の公金から支出することに何ら問題はない(なお、被告宅に区の公務専用電話を架設するか否かは区長の裁量に属することであり、架設自体についても違法の問題はない。)。

四本件電話料金(三)について

1  本件電話料金のうち昭和五四会計年度の助役、収入役及び教育長分の八万七三二九円(本件電話料金(三))は、同人らが同人ら宅の各私設電話に係る料金として電々公社に支払つた金額のうち基本料の全額及び度数料の半額に相当する金額を、区が「負担金、補助及び交付金」科目の負担金として同人らに支払つたものであることについては、当事者間に争いがない。

2  そして、<証拠>によると、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

被告は、区長として、区長、助役、収入役及び教育長の各私宅に架設された電話の料金の取扱いを明確にするため、昭和五四年四月にその基本的な準則を別紙二の要綱として定め、同月一日から実施した。要綱の内容は、区長宅については、前記のとおり区で公務専用電話を架設することとし、助役、収入役及び教育長宅については公務用の電話を架設しない代わり、同人らの私設電話に係る基本料の全額と度数料の半額を負担するというものである。そして、区総務部長は、専決規程に基づき、助役、収入役及び教育長が電々公社に支払つた私設電話に係る電話料金のうち基本料の全額及び度数料の半額に相当する金額を、分担金として同人らに支出することを決定し、支出命令を発した。

3 そこで、本件電話料金(三)の支出が適法か否かを検討するに、そのうち、基本料に相当する部分四万六八〇〇円(一八〇〇円の延二六月分)については、前記二3で述べたと同様の理由により、私設電話の性質上これを公金から支出することは地方自治法二〇四条の二の規定に違反するものであり、区は同額の損害を受けたものというべきである。

被告は、区長として、要綱により右基本料は区の負担とする旨定めているが、要綱はもとより法律又は法律に基づく条例ではないから、これにより右支出が適法化されるものではない。また、被告は、右基本料相当額の支出につき、区と助役らとの間に契約が締結されたとか、事務管理者に対する費用償還に応じたものである旨主張するが、右基本料は私生活上の費用として個人で負担すべきもので、事務管理者の費用に該当するいわれはなく、契約の締結により合法化されるものではない。

4 そして、前記二5で述べた事実関係からすれば、被告は、右基本料相当額の負担金を違法に支出することにつき故意又は重大な過失があつたものというべきであるから、地方自治法二四三条の二第一項の規定に基づき区に対し右四万六八〇〇円の損害賠償責任を負うものというべきである。

なお、右支出は総務部長の専決によるものであるが、総務部長は被告の定めた要綱に従つて決裁したものである上、前記二5で述べた専決の性質からしても、被告が地方自治法二四三条の二第一項の損害賠償責任を免れるものではない。

5  次に、本件電話料金(三)のうち度数料の半額に相当する部分の支出について検討するに、証人中村宏及び同川口正司の各証言によれば、助役、収入役及び教育長は私宅の私設電話を使用して職務上の通話を行つていることが認められる。そして、職務上の通話に係る度数料が全体の度数料の半額に達するか否かは必ずしも明らかではないが、右の半額に達しないことを積極的に認定するに足る証拠もない。原告本人は、助役らが私設電話で職務上の通話を行うことはほとんどない旨供述するが、裏付けを欠き、全面的に採用することは困難である。そうだとすれば、右度数料の半額は職務上の通話に係るものである可能性を否定できず、職務上の通話に係るものであれば区で負担すべきものであるから、右度数料の半額に相当する負担金の支出により区に損害の発生したことの証明がないといわざるを得ない。

原告は、右負担金の支出は東京都港区補助金等交付規則に違反する旨主張するが、助役らにおいてそれに相当する職務上の通話料の支出をしている可能性がある以上、右負担金が同規則にいう負担金に該当するとはいえず、また、法令上の根拠を有しないものということもできない。

したがつて、本件電話料金(三)のうち度数料の半額に相当する部分の賠償請求は理由がないといわざるを得ない。

五以上のとおりであつて、原告の本訴請求は本件電話料金(一)のうちの七〇五〇円及び本件電話料(三)のうちの四万六八〇〇円の合計五万三八五〇円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条並びに民事訴訟法八九条及び九二条本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(泉徳治 大藤敏 菅野博之)

別紙二  公用電話(私宅架設分)の取扱要綱

(目的)

第一条 この要綱は、区長、助役、収入役及び教育長(以下「区長等」という。)が本来の職務に伴い私宅においても職務に従事できる体制をとるため公用電話(以下「公用私宅電話」という。)を専用使用することに必要な事項を定め、もつてその職務の効率化を図ることを目的とする。

(架設場所)

第二条 公用私宅電話を専用使用させることのできる加入電話は、単独電話又は共同電話とし、区長等が常に居住する場所に架設する。ただし、助役、収入役及び教育長は新たに架設することなく自己の負担によつて所有する加入電話をその職にある期間公用私宅電話とみなす。

(架設経費)

第三条 前条の公用私宅電話の架設に要する経費は区の負担とする。

(その他の経費)

第四条 公用私宅電話の架設場所変更に要する経費は、区の負担とする。ただし、同一住宅内の架設場所変更に要する経費は被架設者の負担とする。

(使用料の区負担)

第五条 公用私宅電話の使用料は、次の区分で区が負担するものとする。

一、基本料 全額

二、度数料 区長 全額

助役、収入役及び教育長

百分の五十

2前項の区負担は、区長等がその職を失つたときはその事由の発生した日の属する月分までとする。

付則

この要綱は、昭和五十四年四月一日から実施する。

別紙一区長等電話料金 支出内訳表

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